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ヨーロッパ高齢者事情研究のため、2007年2月ストックホルムシニアライフ研究所を開設しました。
現地から最新の高齢者事情をレポートします。

スウェーデンの福祉システム(1)

松下泰志(Taishi Matsushita: 2012/1-), セスレ真美(Mami Sessle: 2011/11-2011/12),
ローベリ亜佐子(Asako Raberg: 2011/1-2011/10), ダールマン容子(Yoko Dahlman: 2007/2-2010/12)   

 

 

前回は高齢者ビジネス(5)として高齢者を対象としたマンガについてご紹介いたしました。今回は福祉システムとして、定年年齢の是非についてご紹介致します。

 

高齢化する社会

現在、多くの先進国で社会の高齢化が進んでいる。そのため、企業にとって、優良な労働人口を確保することがとても重要に、そして難しくなっている。特にスウェーデンのような福祉システムを持つ国にとって、労働人口の確保は切実な問題である。
実際スウェーデンは、高齢者(55-64歳)の就業率が他の欧州各国と比較しても群を抜いて高い。さらに2001年より政府は法的定年年齢を従来の65歳から67歳に引き上げている。しかし、実際は現在でも65歳で定年退職する人がほとんどだ。

図:高齢者(55-64歳)の就業率と労働力率(1995年、2000年)
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資料:Eurostat, LFSより

現在のスウェーデンの福祉システムが経済的に機能を続けるためには、将来的に人々は現在よりも長い年数働き続ける必要が出てくると考えられている。
そのため、スウェーデンでは、定年退職年齢さらに引き上げることが検討されている。スウェーデン国会の第一野党である社会民主党の党首、モナ・サリーン氏は、定年年齢の引き上げに賛成している一人だ。                                
  
社会民主党党首モナ・サリーン氏の選挙ポスター

しかし、ストックホルム大学のStressforskningsinstitutet(ストレス研究機関)の研究者Hugo Westerlund(ヒューゴ・ウェステルンド)氏は定年年齢の引き上げに問題点を指摘している。「働く高齢者の多くは、それほどよい健康状態にありません。かれらは定年退職した他の高齢者たちがどんなに健康的に生き生き過ごしているかを目にします。そうすると、仕事を続ける高齢者たちに仕事への意欲付けをするのが難しくなってきます。」

さらに、ウェステルンド氏は2009年11月に発表した調査結果を元に、次のように語る。「私たちの研究結果を見ると、仕事で大変な思いをしている人々が、定年退職をすることは個人の健康にとって非常に大きな影響を及ぼすことがわかります。定年退職をするだけで、人々は8-10歳若返ります。それは、現役時代の職種が幹部、管理職クラスであろうと、労働者クラスであろうと同じ結果です。」

高齢の労働者に対する調査

ヒューゴ・ウェステルンド氏とストレス研究所のメンバー達は、1989年から2007年にかけて高齢の被雇用者を対象に、健康の自己評価調査を行った。対象となったのは、フランスの国営ガス・電気会社GAZEL社で働く14,700人の社員たちだ。ウェステルルンド氏によると、フランスとスウェーデンの就業環境は比較することができるという。

参加した社員達は、自分自身の肉体、精神的健康状態や自分自身の仕事に対する考え方、また勤務環境についての質問に答えた。研究者達は、参加者の定年退職の7年前から7年後までの追跡研究を行った。

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ストレス研究機関のホームページ www.stressforskning.su.se

その研究結果によると、1)勤務環境が悪い 2)精神・肉体的な要求が高い仕事内容 3)仕事に対する満足度が低い、という3つの条件を持った社員が、定年退職することでもっとも利益を得たグループだ。彼らが就業中に経験していた背中や肩の痛み、憂鬱、血管攣縮や喘息などは、定年退職後完全になくなる、又は軽くなったことがわかった。
「この健康の改善は最長定年退職後10年間続くことがわかり、定年退職の影響は一時的なものだけではないということができます。以前行われたスウェーデンでの研究でも、定年退職後の高齢者達は以前よりも充実した睡眠を得ているということを指摘しています。」とウェステルンド氏は語る。

逆に、職場をよい勤務環境と感じ、個人的に仕事に対して満足感を感じている社員は、定年退職をしてもほとんど健康面での利益はない。結果は男女ともに同様だった。また、既婚、未婚の差も調査結果には影響を及ぼさなかった。この詳細な研究結果は、医療ジャーナル“The Lancets”のホームページhttp://www.thelancet.com/ に発表されている。

今回は、どのような職場環境が、高齢者が健康で満足を得ることができ、定年退職後も働き続けたいと感じられるのかということに関しての調査は行われていない。しかし、『短い勤務時間』『フレキシブルな勤務時間』というのは多くの高齢者たちが働き続けやすい環境の一つである。また、55歳以上の年齢でより転職が可能なことは高齢者にとって働き続けやすい条件の一つかもしれない、とウェステルンド氏は語る。

「雇用主達は高齢者によりよい条件を提示する必要があります。今日私達は働けなくなるまでか、または65歳になるまで働き続けます。高齢者はより多くの経験を持っており、彼らが働き続けることは職場によい影響を与えることができます。しかし、おそらく彼らにはよりゆったりとした勤務時間や、一度にあまり沢山のことをやり過ぎないことなどが必要になるはずです。」

一般市民のリアクション

この調査結果に関する記事が、2009年11月9日付けのスウェーデン大手新聞「Dagens Nyheter (ダーゲンス・ニューヘッテル)」に掲載された。このダーゲンス・ニューヘッテルのホームページ上では、記事に対するコメントや意見を読者が自由に交換できるようになっている。通常この意見コーナーに寄せられるコメントは0-10件程度なのだが、この記事に関しては数日のうちに40件以上ものコメントが寄せられ、スウェーデン国民の関心の高さがうかがわれた。

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DagensNyheterのホームページ www.dn.se

例えば、現在81歳になるストックホルム在住のある高齢者は以下のようなコメントを書き込んでいる。
「私は65歳で定年退職しました。仕事がとても好きだったので、もう何年か働き続けたいと思っていました。退職前は仕事をやめたらどうなるか、ずいぶん心配していたのですが、私の配偶者は既に定年退職していたので、一緒にゆっくりとした時間を楽しむことができました。定年退職して、自分の健康にどんな影響があったのかはわかりませんが、結果的に65歳で定年退職してよかったと感じています。また、若い人たちに機会を与えることも重要だと思います。若者は、自分たちの将来を作っていかなければいけないのですから。若くして失業者になることはけしてよいことではないと思います。」

その他、定年年齢引き上げに反対の声には、『若者に仕事の機会を与えるべきだ』という点を主に指摘するものが多数みられた。また、なぜゆっくりと自分の人生を楽しむことができるのに、65歳をすぎてからもまだ働き続けたいのかわからない、という声も多く寄せられていた。

逆に、賛成の声には、例えば以下のようなものがある。「私は女性で、私にとって定年退職するということは、フルタイムの『主婦』になることです。家の外での仕事を通して私はさまざまな刺激を受けたり、さまざまな人と出会ってきました。だから、私はできる限り働き続けたいと思っています。法律による定年退職年齢の規定はなくして、完全に個人個人の決断にゆだねるべきだと思います。ある人は仕事をすこし責任の低いものに変えたいと思うでしょうし、また他の人は同じ仕事を65歳をすぎても続けることができると感じるでしょう。そういう人たちが法律で決められた年齢で退職しなければいけないことは残念なことだと思います。」
全体的には、このコメント欄には定年年齢引き上げ反対の声が多いようだ。

まとめ

65歳で定年退職する人がとても多いように感じるスウェーデン、また定年退職後の人生がとても充実しているように感じられるスウェーデンだが、この国の高福祉システムを支えるためには税収がとても重要であることも事実だ。65歳をすぎても働き続けるかどうかは、個人の問題だと考えられてきたが、今後は政府が高齢者の勤労を奨励する動きが強くなってくるかもしれない。その場合、高齢者の健康をどのように考えていくかも注目される重要なポイントのひとつとなっていくだろう。

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